安達テツヤ
たまには蝶のはなしを
アリカワさんが不穏だ。別にイワシを食いちぎって吉凶を占うことをしていたり、怪しげな祭壇を作り、奉ったりしているわけではない。なにか、なんとなしに日常の動きが不穏なのだった。僕が声をかけても反応は薄く、まだ肌寒い春の始まりとあいまってとても寒…
サニーデイサービス/スロウライダー
しんと張り詰めた寒空に、夕陽。多摩川の端の上を電車が走る。その隙間、隙間に赤。夕陽の赤。 中央線よあの子の胸に突き刺され、なんて、いや、京王線かこれ。なんにしろこの景色はぐっと来る。今日の夕陽の色はほんとに綺麗だ。あかね色、つうの? なに…
The Miceteeth / Rainbow Town
思い出すのはあの坂道。商店街を抜け、あのスタジオへと向かう坂道のこと。 徹夜明けのどうしようもない冗談と、くだらない口説き文句と、馬鹿みたいに笑い合った顔がぎゅうぎゅうに詰まったあの坂道のこと。 しかしここは東京であって、俺が向かっている…
逆光
遠夜に光る松の葉に、懺悔の涙したたりて、遠夜の空にしも白き、天上の松に首をかけ。天上の松を恋ふるより、折れるさまに吊されぬ。(天上縊死)昔の彼女の書いたものを見て、思い出した。あとの人生はおまけだと言い放っていたことを。大抵のものでは遊び終…
魔術師
俺は俺を伝える言葉しか持ってない。俺という地表にあなたの姿を映すことが、あなたを住まわすことが人生の目的だ。そう、俺はただの人喰いで、その他すら知らない生き物だ。覚他の類は別にして、そんなものはごろごろしている。大して珍しいものでもない。…
きみみたいにきれいな女の子
仕事関係以外でテキストエディタ開くの、えらい久し振り。うまく書けるか、最後まで書けるのかさっぱりわからないまま、プーというきれいな女の子の話を書く。書く時なんて大抵そんなものだから、着地点すら考えていないのだけれど。題名はピチカートから拝借…
いとしのサブリナ – Reason Reach A Way To Understand, Sabrina!
冬の雨。冷たい雨が容赦なく体中の熱を奪う。ぐにゃりと曲がる視界に信号機の赤と青が回る。頭上で拡散する鮮烈な雨音と、差し込むヘッドライトのオレンジの光の中にあって、一通の遺書のことを思う。有島の――真摯な作家の、鮮烈な文面を頭の中に並べ立てて…
迎蝶、人喰い
つい最近、この世には、俺が思うほど散漫な嘘も、吐き気がするような誇張もないような気がしてきた。すべてがありのままにあり、そのことについていちいち理由があるんじゃないかと思い始めている。すなわち、愚かな俺みたいな男でも、立って仰ぎ見ることさ…
ヒポクリスト・マトリーファズ
うまく眠れやしない。 ここ最近の眠りといえば、意図しない短続的な眠りが不意に、全く望まない形で訪れるだけである。道を歩いている途中であったり、仕事の打ち合わせ中などに、1の羅列であるべきのデータの中にエラーでゼロが紛れ込むような、そんな意…
証と宇宙でお茶を
こんなはずではなかった。この「Closing the sun」のとある一曲で僕はベースを担当して(そして酒井若菜さんと幸せな結婚をして)いるはずだった。なのに、こんなライナーノーツを書いているのであった。曲にベースを付けようと四苦八苦してい…
桜の園の
幼少の頃、毎日寝物語に聞かされてきた「桜橋のおひいさま」が、遠く旅立って、本当に物語のひとになってしまった。大好きだった祖母が死んだのだった。眠ることが昔から下手な僕に、祖母はよく自身の昔話を聞かせて寝かせつけてくれた。おばあちゃんはな、子…
つつぬけデイドリーム
晴れてじりじりとした空の下、山之内さんは憮然とした表情をしている。男手が必要だとまどろみの中を引っ張りだされたウメちゃんも、山之内さんの横で憮然とした表情をしている。同じように無理やり駆り出された板谷くんは、さすが最強のフリーターと名乗るだ…
春の光
ちょっとね、この子のことはね、まだ切り取って書いたりだとか、思い出したりさ、色々なことがね難しいとは思うのだけど、この曲のことをつらつらと書こうとテキストエディタを立ち上げた。それで読者にはきっと優しくないだろう物語を、ああ、そんなもんいる…
踵、鳴らして
なぜだかわからないが、仕事の帰り、電車の中で突然、ずいぶん長い間忘れていた昔のやり方を思い出した。数年前まで寸分の狂いも無く出来てたあのやり方を。 こんな俺にも、誰よりも独善的で、輝かしい時代があった。何よりもタフで、何者をも必要としない…
記憶の棚(Re)
雨の日は、本の匂いが強くなる。古本屋「記憶の棚」の入り口で傘を畳みながら、そんなことを考えていた。店の前の路地には水たまりができていて、その中に街灯が揺れている。鍵を差し込んでシャッターを開ける音が、静かな朝の空気を震わせる。開店前の準備を…
不揃いの背表紙と赤いはしご
「書店員こそが特別な仕事でなくてなんであろう。書店員は棚に魔法をかけることができる」音楽を辞めて路頭に迷っていた僕を拾ってくれたおっちゃんの言葉だ。彼がこの世を去ってしまってずいぶん経つ。彼の残した店が更地になってしまった今でも、本を触るた…
行方知レズ/朝の月
春がやってくる。 人よりも寒がりな俺に、やっと春がやってきた。気温があがってきて、バイクにモッズコートを着なくても乗れるようになったら、春。暦上での話でも、形式上の話でもない春の到来。花見客も消えうせて、桜の花びらで敷き詰められた道を走っ…
月曜日のリカ
リカと呼ばれている女の子を七人知っている。戸籍上でリカという名前の女の子は四人、残りはエリカやらリカコというような名前だったように思うが、出会った時からずっと、リカという名前で呼ばれていた。もう四人は結婚していて、そのうち二人は離婚している…
物語生成エンジン
こわいいぬ
夕暮れの河川敷、風に揺れる草むらの中で、小さな子猫が震えていました。そこに、通りかかった大きな白い山犬の影が落ちます。山犬は鋭い目つきで子猫を見つめ、子猫は恐怖に身を縮めます。山犬は子猫をそっと口にくわえ、優しく運び始めます。子猫は最初は戸…
おおきなしろいいぬ
しんとした真夜中の商店街。自動販売機の光だけがぽつりと灯る道を、大きな白い犬がゆっくりと歩いていました。ふと、路地裏から小さな女の子が顔を出し、犬と目が合います。女の子は少し驚いた表情で、じっと犬を見つめていました。最初は戸惑っていた女の子…
ギャル・イン・ザ・ルインズ
あたし、ナカタニ アヤ。しがない駆け出しエンジニアだけど、心には常に「最強のギャル」を飼ってる。これ、あたしの生存戦略であり、この世の真理(マジレス)だから。で、そんなあたしが今どこにいるかっていうと。なんかすごいレトロ……っていうか、ぶっ…
記憶の棚(Re)
雨の日は、本の匂いが強くなる。古本屋「記憶の棚」の入り口で傘を畳みながら、そんなことを考えていた。店の前の路地には水たまりができていて、その中に街灯が揺れている。鍵を差し込んでシャッターを開ける音が、静かな朝の空気を震わせる。開店前の準備を…
棚の魔法
「本棚には魔法がかけられる」そう教えてくれた人は、もういない。でも、その言葉は今も私の中で生きている。本を並べる時、背表紙の高さを揃えるでもなく、ジャンルで分けるでもなく。ただ、この本とこの本は隣り合わせがいい、そう感じる場所に置いていく。…
夕暮れの記憶 – 光の交差点
窓辺に置かれた古いフィルムカメラが、夕陽を反射して静かに輝いている。由香は手元の原稿から目を上げ、レンズに映る街並みをぼんやりと眺めた。アパートの六階。この高さからは、街全体が記憶の中の写真のように見える。「もう、この時間か」机の上には締め…
記憶の棚
雨の日は、本の匂いが強くなる。古本屋「記憶の棚」の入り口で傘を畳みながら、そんなことを考えていた。店の前の路地には水たまりができていて、その中に街灯が揺れている。鍵を差し込んで、シャッターを開ける音が、静かな朝の空気を震わせる。開店前の準備…
光の記録係
雨の日は、本の匂いが強くなる。私は古本屋の奥で、雨に濡れた本を乾かしていた。先ほど、中年の男性が段ボール一箱分の本を持ち込んできた。遺品整理だという。受け取る時、その中に一台のフィルムカメラが紛れ込んでいることに気づいた。「あ、これは…」「…
記憶の交差点
春の終わりが近づくある夕暮れ、私は古い駅前の本屋で働いていた。窓から差し込む夕陽が、埃っぽい店内を優しく染めている。その光の中で、一冊の古びた写真集を拭いていると、風鈴の音と共にドアが開いた。私は思わず息を呑む。「すみません、『ムーンパレス…
雨の日の約束
窓の外を流れる雨粒が、曇った窓ガラスに歪な模様を描いていく。美咲は窓際のカウンター席に座り、コーヒーカップを両手で包むように持っていた。温かな陶器の感触が、少しずつ指先まで染み渡っていく。「もう30分は経つかな」時計を見上げる度に、秒針の動…
アリカワさんの白いキャンバス
さくら荘の廊下で、アリカワさんと出くわした。彼女はいつものように無言で、白い手に洗濯物を抱えていた。「おはよう。今日も大学?」彼女はうなずき、髪をかき上げた。その仕草が、なぜか祖母を思い出させる。桜橋のおひいさまも、きっとこんな風に無口で美…
朝の月(生成エンジンVer)
春が遣って来る春は、いつも遅れてやってくる。寒がりな俺にとって、春の定義は暦とは違う。バイクにモッズコートを着なくても乗れる日。それが俺の春だ。観光客が引いた後の、桜の絨毯を踏みしめながら走る日。花見と言っても、ただ桜並木の道をひたすら走っ…
蝶の行方
アリカワさんが不穏だ。別にイワシを食いちぎって吉凶を占うことをしていたり、怪しげな祭壇を作り、奉ったりしているわけではない。なにか、なんとなしに日常の動きが不穏なのだった。夕暮れ時、さくら荘の階段に腰掛けて空を見上げるアリカワさんを見かけた…
古本屋の棚
窓から差し込む夕陽が、古本屋の棚を優しく照らしている。埃っぽい空気の中で、私は棚の整理をしていた。その時、突然の声に振り返ると、そこには十年ぶりの顔があった。「ねぇ、この本覚えてる?」彼女の手には薄い文庫本。表紙は少し日焼けして、背表紙の文…
幼馴染の風景
コンビニの駐車場で缶コーヒーを飲んでいると、向かいの公園から子供たちの声が聞こえてくる。ブランコの軋む音に混じって、「もっと高く!」という声が風に乗って届く。ふと思い出す。私も昔、あのブランコで遊んでいた。隣では必ず美咲が、私より少し高く漕…
再会の交差点(Re)
金沢の繁華街、スクランブル交差点に立っていると、時間の流れが不思議な形を描く。昔ミスタードーナツがあった場所には今、派手な看板を掲げた古着屋が建っている。変わってしまったものと、変わらないものが混在する街並み。それは、プログラムのバージョン…
再会の雨
雨の音を聞きながら、駅前の古びた喫茶店で窓の外を眺めている。この街に戻ってきてから、雨の日ばかりな気がする。いや、そもそも研究室にいた頃から、記憶に残る日はいつも雨が降っていた。実験がうまくいかない日も、データが予想通りの結果を示した日も。…