コンビニの駐車場で缶コーヒーを飲んでいると、向かいの公園から子供たちの声が聞こえてくる。ブランコの軋む音に混じって、「もっと高く!」という声が風に乗って届く。ふと思い出す。私も昔、あのブランコで遊んでいた。隣では必ず美咲が、私より少し高く漕いでいた。
缶コーヒーを傾けると、最後の一滴が舌の上で苦みを残す。美咲は今、どうしているだろう。去年の同窓会の案内状が来たとき、彼女の名前だけが住所不明で返ってきたと聞いた。引っ越しが多かったから、連絡先を失うのは当然かもしれない。でも、なんだかそれが美咲らしいとも思う。
小学校の帰り道、美咲は必ず寄り道をした。私も付き合わされた。というより、付き合いたかった。彼女は面白いものを見つけるのが上手だった。空き地に咲いた名前も知らない花や、塀の隙間から覗く猫の親子、工事現場の隅に積まれた赤錆びた鉄パイプ。どれも私には、ただの景色でしかなかったものが、美咲の言葉で不思議な色を帯びていく。
「ねえ、この花さ、誰が植えたと思う?」
「え? 自然に生えたんじゃない?」
「違うよ。だって、こんなところにこんなきれいな花、咲くわけないじゃん。きっと誰かが、こっそり種を蒔いたんだよ」
そんな会話を、何度繰り返しただろう。美咲は、当たり前の風景の中に、必ず誰かの物語を見つけ出した。私にはその想像力が羨ましかった。でも、そんな彼女が中学を卒業する直前に突然、転校した。両親の離婚が理由だと聞いた。
缶を潰して、近くのゴミ箱に投げ入れる。今日は久しぶりに実家に帰ってきた。母の具合が悪いと聞いて、休みを取った。大したことはなかったけれど、母は私が帰ってくるのを待っていたみたいだった。実家の片付けを手伝ってほしいと言う。
二階の私の部屋は、私が出ていってからほとんど手付かずのままだった。本棚の上には埃が積もっている。段ボール箱を持ってきて、要らないものを処分していく。教科書、ノート、手作りのアクセサリー。そのどれもが、美咲との思い出を含んでいた。
古いノートの間から、一枚の写真が滑り落ちる。ブランコに乗る二人の少女。美咲が私にカメラを向けた瞬間、私も彼女に向けてシャッターを切った。だから、お互いがカメラを構えている、少しぼやけた写真が残った。
写真の裏には鉛筆で走り書きがある。
「わたしたちの秘密の風景」
そうだった。これは美咲が転校する前日、この公園で撮った最後の写真だ。彼女は「これで私たちは永遠に写真を撮り合ってるってことだよ」と笑った。その言葉の意味を、当時の私は理解できなかった。
窓の外を見ると、夕暮れが近づいていた。公園のブランコは空っぽで、ゆっくりと揺れている。私は写真を財布に入れた。明日、出張で行く大阪で、ふと美咲に会えるような気がした。そんなことはないだろうけれど、もし会えたら、今度は私から「この風景の中に、どんな物語が隠れてると思う?」と聞いてみたい。
きっと彼女は、相変わらず目を輝かせて、当たり前の風景の中から誰かの物語を見つけ出すのだろう。そして私は、また彼女の言葉に導かれて、新しい風景を見ることができるのかもしれない。
母が階下から夕飯の支度ができたと呼ぶ声が聞こえる。写真を財布に入れ直しながら、私は思う。美咲は今でも、誰かの物語を探して寄り道をしているのだろうか。そして、その物語を誰かと分かち合っているのだろうか。
階段を降りながら、窓の外を見ると、公園のブランコがまだ揺れていた。誰もいないのに、まるで誰かの思い出が揺れているみたいに。
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