遠夜に光る松の葉に、
懺悔の涙したたりて、
遠夜の空にしも白き、
天上の松に首をかけ。
天上の松を恋ふるより、
折れるさまに吊されぬ。
(天上縊死)
昔の彼女の書いたものを見て、思い出した。あとの人生はおまけだと言い放っていたことを。
大抵のものでは遊び終わっていた。それでおまけみたいなものだと言ったのだと思う。それまでの人生で様々なことに耐え、サバイヴしてきたはずだ。もう充分やった、頑張った。その褒美として与えられた人生のつもりだった。
おまけの人生だと言い張った時間に件の彼女と出会って、どうしようもないほど好きになって、別れたときに文章を、特に物語というものを、書いてみようと思った。ボーナスステージだと思って、愚かな自分自身を救済するためだけに書き始めた。
ボーナスステージというものには大抵、陽気な音楽などが流れていて、普通のステージなんかとは空気も目的も違っている。逃げ惑うだけだったものが捕食者に周り、ネズミの警察官が風船割りに興じたりする。ステージが終わるまでの間、陽気な音楽が鳴り響くまでの間、褒美が与え続けられ、危険に晒されることのない安全な時間が訪れるものだ。
俺は風船ひとつも割ることが出来ずに、敵を捕食することもなかった。結局、陽気な音楽が流れていたのかすらもわからないままだった。全く普通だった。
じきに桜の花が咲くだろう。去年は見ることすら叶わなかった。だから桜を見るまでは、陽気な音楽が流れている振りをする。
「あなたの書くものはただまどろっこしくて甘いだけ。真実なんてひとつもないじゃない」
「そうだね。真実を書くなら甘さも消して、鋭敏にするべきだって思う。でも、ごめんね。俺は甘いもんで腹いっぱいになりたいから。でね、問題の真実ってやつなんだけど、これは俺と心中でもすればわかるからさ、貯金ぜんぶ下ろしてさ、温泉にでもいこう?」
普通の奇跡は 夜の静けさの中で見えない犬たちが吠えること
冬の雨、冷たい雨が、容赦なく体中の熱を奪っていく。ぐにゃりとした視界に信号機の赤と青がぐるぐると回る。ヘルメットの中で拡散する鮮烈な雨音と、強烈に差し込むヘッドライトの光の中にあって、俺は一通の遺書を思う。有島の、あの鮮烈な物語を思っている。
雨の中にいるといつもこうだ。ある作家の、慟哭の果ての死を思うわけではなく、ただただ雨の降り注ぐ、あの山荘の夜の、全てを容赦なく打ち付ける激しい雨の一夜を思う。二人は濡れそぼち、このように無慈悲な雨の中に居ただろうか。
やがて、鮮明に思い浮かぶ。
最後の営みを慈しみ戯れる二人、鳴り止まない雨音、山荘の夜。深夜一時過ぎの慟哭、遺書を黙々と記す有島。覚悟しただろうか、後悔しただろうか傍らの女。二人の死骸は腐爛して発見されるだろうと、遠くない未来を綴る手。
歪んだ視界に映り込んでいく激情の景色、営みの幻影。帰り道をバイクでひた走る。上からか下からなのか判らない水しぶきの中を、ごうごうと唸りを上げながら走っていく。
有島の遺書を思う。周りの景色は依然として歪んでいる。雨音は一向に静まる気配すらなかった。
“Life is too short to play silly games”
例えば、雨の重さを思い知るのはこういう時だろうし、軒下に居を構えるのではなく、今すぐ飛び出して、俺は濡れるべきなのだろう。
シャクが變になり始めたのは、去年の春、弟のデックが死んで以來のことである。その時は、北方から剽悍な遊牧民ウグリ族の一隊が、馬上に偃月刀を振りかざして疾風の如くに此の部落を襲うて來た。湖上の民は必死になつて禦いだ。初めは湖畔に出て侵略者を迎へ撃つた彼等も名だたる北方草原の騎馬兵に當りかねて、湖上の栖處に退いた。湖岸との間の橋桁を撤して、家々の窓を銃眼に、投石器や弓矢で應戰した。獨木舟を操るに巧みでない遊牧民は、湖上の村の殲滅を斷念し、湖畔に殘された家畜を奪つただけで、又、疾風の樣に北方に歸つて行つた。後には、血に染んだ湖畔の土の上に、頭と右手との無い屍體ばかりが幾つか殘されてゐた。頭と右手だけは、侵略者が斬取つて持つて歸つて了つた。頭蓋骨は、その外側を鍍金して髑髏杯を作るため、右手は、爪をつけたまま皮を剥いで手袋とするためである。シャクの弟のデックの屍體もさうした辱しめを受けて打捨てられてゐた。顏が無いので、服装と持物とによつて見分ける外はないのだが、革帶の目印と鉞の飾とによつて紛れもない弟の屍體をたづね出した時、シャクは暫く茫つとしたまま其の慘めな姿を眺めてゐた。其の樣子が、どうも、弟の死を悼んでゐるのとは何處か違ふやうに見えた、と、後でさう言つてゐた者がある。
その後間もなくシャクは妙な譫言をいふやうになつた。何が此の男にのり移つて奇怪な言葉を吐かせるのか、初め近處の人々には判らなかつた。言葉つきから判斷すれば、それは生きながら皮を剥がれた野獸の靈ででもあるやうに思はれる。一同が考へた末、それは、蠻人に斬取られた彼の弟デックの右手がしやべつてゐるのに違ひないといふ結論に達した。四五日すると、シャクは又別の靈の言葉を語り出した。今度は、それが何の靈であるか、直ぐに判つた。武運拙く戰場に斃れた顛末から、死後、虚空の大靈に頸筋を掴まれ無限の闇黒の彼方へ投げやられる次第を哀しげに語るのは、明らかに弟デック其の人と、誰もが合點した。シャクが弟の屍體の傍に茫然と立つてゐた時、祕かにデックの魂が兄の中に忍び入つたのだと人々は考へた。(狐憑)
黒目がちな少女。少女の容姿、立ち振る舞い、思想に至るまでの全て、他の誰もが憧れていた。けれど少女、目にする誰もに憧れていた。穢れた、と一心に彼に語るその一点において、全てを負っていた。肌は透き通るように白かったが、手はひび割れ、まるで老女のようであった。
二人、律川の奥に歩く。水は凛として澄み渡っている。まだ息は白く、遠くでは山々が笠を被っているのが見えた。しんと張り詰めた景色を臨んで曰く、あなたの故郷みたい、と。
彼も遠くを見つめながら賛成する。そう、ここは犀川に違いない。ほら、あそこには桜の木がある。兼六園ほど派手なものではないけれど、春には綺麗な花を咲かせるはずだ。もうすぐきっと咲くだろう。
やがて二人、堤防の石に腰掛け、川を眺める。まばらに釣竿の伸びるのが見え、竿が撓っている。釣り糸に陽光が跳ね、きらきらと注ぐ。
中程へ歩む人を見て少女曰く、「ほら、あのひと、あんなに深いところまで行ってる。あれはなにをしてるの」
彼は答える。あれは友禅流し。ああやって染料や糊なんかを流してる。やがて何本もの赤や金の花が水に流れ咲いて、ぼんやりと滲む。布に跳ねる魚の白い腹はきっと輝く。いつか話したと思う。子供のころはいつもあれをぼんやりと眺めてた。
「そうだね。聞いてた通りできれい」
彼の故郷のすでにこの姿ではないのは、少女もよく知っていた。少女の愛する男の故郷は、彼の故郷と同じ場所にある。彼の話す故郷の話は男のそれとはずいぶんかけ離れていたが、少女の、愛する男と一緒に行きたいと願うのは彼の話す故郷であった。それで思う。いつか穏やかに仲睦まじく、二人で行く日が来ると。
そうして少女は男のところへ帰り、身を削って男を養う。彼はまた二度と見ることのない故郷を話し続ける。
俺の考え無しの言葉が、到底届くとは思えないのだけれど、奇跡はきっとあると頑なに言い放ってやりたい。
別に大した理由があるわけではなかった。不満も全くと言っていいほど無かった。それでも亨に頼まれていたお好み焼きを玄関に置いた刹那、もう別れようと口に出してしまったのであった。そのままユキは三十分ばかり近所を散歩し、前々から気になっていたが買うまでには至らなかった豆腐屋で枝豆豆腐を買い、家に戻った。
そうすることにやっぱり理由なんかなかったが、すぐ見つかる場所を充分にうろつきまわったこと、以前から行きたいと宣言していた場所へ立ち寄ることで納得ができた。もしかしたら亨は必死に追ってきたのかもしれなかったが、その程度で合わないタイミングならばどうしようもないと思った。そうしてそのまま二度と連絡を取らなかった。
二人で過ごした二年間は、三十分とひとつの枝豆豆腐に変換されてしまった。枝豆豆腐は色の割に全く味気のないものだったが、色だけはやたらに綺麗な翡翠色だった。それだけが救いだった。
例えば突然の夕立だとか、霰だとか雹だとか、そういったものの延長に台風があると思っている。突然振ってくるアクシデントに、ひゃーとか言いながら、抵抗するでもなくただ走ったりするのが好きだ。大層な言い方をすればプレゼントみたいなもんで、なんの変わり映えのしない帰り道なんかを、ちょっとしたロマンに変える舞台装置だと俺は思っている。学校の生活なんてものは大抵が繰り返しで、自分が動くことがなければ単調なものでしかなく、大したイベントが起こるなんて奇跡みたいな話だ。そんな言い訳のような思いをしっかりと抱えながら、ただぼんやりと過ごしている。雹とか霰だとか夕立だとか、有り得ないような、例えば空から女の子が降ってくるだとか、そんな出来事が起こればいいなと思いながら過ごす。
結局、事実なんてものは大っぴらになどされず、その居所を誰も知ることはないのだから。
どこかもわからない橋の上から眺める、緩いカーブの途中にあるオレンジの群れの僅かな揺れを数えるには、あまりにも視界は不確かであった。
わずかな目の間を縫って棚引くヘッドライトの二つ目や、テールランプの赤い点滅などは、蕾が開くようにと唱えられた花束を掲げる俺には、もはや視覚の外でしかなく、追ってはこないのだろうと思える。つまり水音は、月かと忙しく啄む白鳥のものであって、決して「明日死ぬから」と後ろ手を振った友人の呼び声なんかじゃない。
誰もが手を繰って、思う幸せってものをこね繰り回してしまうけれど、横切る猫のしなやかさだとか、向こう二つの橋に光るのびやかな高速道路だとかそういったものが、物語ではなく重量に比例するといった単純なもののように誰かの欠損を埋めていくのだろう。それで魚は月に跳ねて、深くまた潜ってを繰り返す。蕾は白く揺れている。
静かに白く、手を振っている。
「別にな、モラルとかな、誰かが泣く泣かんで判断できひんし、ひっどいことしかいえへんけどな、きついなあて思うわ。結局はな、そんなんでペイできるかって話やねん。損得ちゃうくてな、やー、やっぱり損得なんかな。なんやもう前にも後にも一歩も動かれへんってなる。わーって会いに行くやろ、いで時間が来たらな、どうやっても帰っていってまうねん。腕一本ぐらい外れててもな、きっちり帰ってく。その子がな、薄情とかちゃうねん。二人をな、維持するためにそうせなあかんからこそな、帰っていくんやな。責めたくもないし、責めたらあかんことやと思う。とにかくな、なんも分け隔てなくな、例外なくな、ちゃんと旦那さんのおる家に帰っていくねん。我侭なだけなんやろうけどな、普通にな、なんや普通っていう話やけどな、ただ一緒にごはんとか食べたりしたいって、そんなんばっか思ってた。話めっちゃそれてもうたけど、なんや?キミがな、それでもペイし続けるいうなら俺も嬉しいし、できひんから止める言うてもな、なんも変わらんて。やからな、いつもとおんなじやけどね、好きにやったらええ言うよ」
僕の書く物語を、ファンタジーだねと言う子が居て、その愛おしさといったら、ない。その子をずいぶん見なくなってから思ったことだったけれど。
truly, I do not go out and I will keep silence.
外に出た。長く人気のない坂道を下りる。一度大きく右に曲がって、それから小さく左に折れる。コンビニエンスストアが一軒あって、それっきり。どこまで歩いても、ひとっこひとり、お店一件ないのである。いや、お店はあるが全部閉まっている。シャッターの閉じてるお店もあれば、ガラス張りの店内がぼんやりと青色に光っているところもある。けれどやっぱり、ひとっこひとり、鳴き声ひとつ、聞こえないのである。真新しいお洒落なうちと、きれいなマンションと、だだっ広い道路と、間抜けなオブジェと、それしかないのであった。閑静な住宅街である。風が通り抜ける真夜中。
淀みとまどろみの中で会話を試みる。視界は無いに等しいにしろ、俺は自分の足で歩かなくてはならない。語らなければならない。
ねえ? 蝶は好きかい? 虫は嫌いですけど、綺麗ですよね。うん、蝶はね、綺麗だね。
童話かなにかでさ、蝶に導かれて迷いの森を出ましたってさ、そういうのあるじゃない? 今そんな気分。次に目を開けたらさ、花が咲き乱れていたとかね、いいよね。
はは、なんか、ちょっと子供をおぶって帰り道を歩いてるみたいですよ。おぶられて、気が付いたら自分の部屋だったとかいうの、無かったですか? ああ、テレビかなんかでしか見たことないよ。ずいぶん幸せな風景かもしれんね。することも、されることも、もうないだろうけどね。
蝶を売って暮らそうと考えたことがある。子供のころの話だ。概念の話じゃなく、子供の夢想にありがちな無知と愚かさと愛情を持って、蝶を売って、そのお金で暮らせるんじゃないかと本気で考えていた。
夜な夜な化粧をし出掛けていく母親のためになにかできないかと、間違いなく必死だったと思う。人と会っていないときの彼女は大抵、機嫌が悪いか鏡台に突っ伏していた。きれいな、かわいいものが好きで、笑えることが好きで、所帯じみたことや話し合い(よく親類の家で集まった際に怒られていた)からは全力で逃げ、年頃の女の子となにも変わりがない。今でこそ花を贈ればいいだろうと、のんのんと構えることもできるが、当時は「模範とされているようなよいこ」を勤めること以外には、なにひとつ思い付かなかった。
それで、俺が蝶を売ることによって生計を立て、彼女は鏡台の前で唸ったりせずに、人と笑っていればなんの問題もなくなるのではないかと考えたのだった。
蝶であることに意味があった。なにしろ綺麗だし、種類が多い。誰だって蝶が飛んでいれば目を向ける。当時の俺が知っているものの中ではこれが一番だった。陳腐な表現で申し訳ないが、アゲハ蝶は彼女に似ていた。黒い服に鮮やかな模様が入っている。彼女のようにお金を稼げるものに似ているのならと、必ず売れるだろうと思った。
近所でぶらぶらしている怪しい男に手伝ってもらい、メニューを書いた。その後どうなったかという記憶がない。喜び勇んで捕まえに行ったのかもしれない。その怪しい男に諭され、家へと帰ったのかもしれない。残念ながら全く憶えてはいない。
隣に居合わせた女の子に散々絡まれた挙句、いちばんふるい記憶ってなにー? と訊かれた。女の子は見るからにぐでんぐでんに酔っ払っていて、何を言ったとしても信じてくれそうな気がしたので、夜が明けるまでこのような内容の話を聞いて貰った。
聞かれたときに最初に思い浮かんだ映像は、サイドボードのガラスを割り、父親であろうひとに怒られる赤ん坊のものだったが、俺の脳か夢が勝手に作りだしたものかもしれないと考え、これは話さなかった。赤ん坊の顔も父親役の男の顔も霞んでいて認識できない。父親が存在していることはつい最近知った類のことで、ついぞ顔を見ることはなかったし、だいいち、俺であるはずの赤ん坊の姿が見えているのが怪しい。きっと脳みそのエラーだろう。
朝、川べりの道は刺すような光ばかりで、色々なものが剥がれてしまった女の子の後ろを歩きながら思う。古い記憶はなにと訊かれて思い浮かぶ映像が、やはり脳のバグかなんかだと思うが、もうひとつだけある。黒い服を着た、綺麗な女のひとに抱かれている赤ん坊が見える。女の人は笑っている。やっぱり赤ん坊と女のひとの顔が認識できない。けれども笑っていることだけがわかる。赤ん坊も幸せそうに見える。
ふらふらと前を歩く女の子が振り向いて笑う。てっちゃん、たのしいね。女の子は黒い服を着ていて、楽しそうに笑っている。眩しくて顔がよく見えない。けれど、楽しそうに笑っていることだけはわかる。たのしいね、と繰り返す声だけがわんわんと響いて俺に満ちていく。やっぱり逆光で顔がまったく見えなかった。
蝶を売って暮らすことは叶わなかった。今の俺が持っている一番いいものが文章を書き置くことで、これも全く価値がないものしか書けなかった。もうすぐ、あたたかい陽光が満ちる日々が続くようになるだろう。蝶が飛ぶ姿を見られる日も近い。せめてそれまでは、陽気な音楽が流れている振りをする。
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